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「地域旅行ビジネス」の視点で持続可能な観光まちづくりを

小林 裕和 理事

國學院大學観光まちづくり学部教授 / 博士(観光学)

Q:國學院大學観光まちづくり学部について、またここで研究されている専門分野・テーマなどについてお聞かせください。

 「観光まちづくり学部」は2022年4月にスタートした新しい学部です。本学部は、「地域をみつめ、地域を動かす」をモットーに、日本各地の歴史・文化・自然といった地域資源をみつめ、観光を基軸に持続可能な「まちづくり」を考え、多様な側面から地域に貢献していくことができる人材を育成するために発足しました。現在、一期生である4年生が学部設立後はじめての就職活動をしているところです。 

 自身の研究テーマはいくつかあるのですが、博士学位を取得した「地域旅行ビジネス論」もそのひとつです。地域の発展に関して「観光分野の起業機会支援」や「旅行サービスビジネスの創出」などの調査・研究をしていく際に、「観光地としての地域を拠点にして、その地域を訪れる旅行者に対して旅行サービスを提供するビジネス(*1)」を総称した呼称がないことに気づきました。そこでそのようなビジネスを「地域旅行ビジネス」と呼ぶことを提唱し研究対象としました。呼称自体はまだ十分に浸透していませんが、旅行の流通チャネルを見る視点を、旅行出発地(発地)から旅行目的地(着地)に移し、着地の持続可能な発展に貢献する旅行サービスビジネスや旅行サービスネットワークの重要性を浮き彫りにすることができるのではと考えました。地域を拠点とする旅行ビジネスが、地域の持続的で再生的な発展に十分貢献できる可能性を広く共有したいと考えています。

(*1)…ランドオペレーター、インカミング・ツアー・オペレーター、デスティネーション・マネジメント・カンパニー(DMC)など

Q:これまでにアドベンチャーツーリズム(AT)とどのように関わってこられたか、その過程で感じていることなど、お聞かせください。

 私が初めてATと出会ったのは1996年、約30年前のことです。当時、すでに海外では旅行分野の一つとして認知されており、とても経験価値の高い旅行ビジネスがあることに強く印象を受けました。また、ビジネスと環境保全の両方を目指す分野としてエコツーリズムとの親和性も高く、学術的なカンファレンスなども行われていました。私の専門分野のひとつに観光DX(デジタルトランスフォーメーション)分野がありますが、現在は、ATのような体験交流型/着地型ツアーのデジタル流通に関する運営アドバイスなども行っています。
 このような経験を通じて、観光地経営において、ATなど地域を拠点とした現地発着のツアーを企画運営する中小規模の事業者(SEMs (*2) )がどれだけ重要な存在かということを、身をもって感じてきました。旅先で旅行者が満足する瞬間というのは、まさに期待を超える旅行サービスを体験しているときに他なりませんが、そのような期待を超えるサービスを提供できるのは事業者であり、事業者の成功は地域経済に還元されます。ところが、そうした地域のAT事業者を育成・支援するスキームがまだ十分でなく、成熟していないのが我が国の現状です。観光産業に力を入れている海外諸国の観光政策では、「ツアーオペレーターの育成」を重要政策として位置づけ、国策で経営のノウハウ本を作成するなど育成事業を手掛けている国も多いです。同様に、日本の観光政策関連事業において、観光地域づくり法人(DMO)やスルーガイドを対象とした事業に加えて、直接顧客と対峙し価値を提供する中小規模の事業者を支援・育成する事業も必要になるでしょう。地域旅行ビジネスは、従来型の旅行ビジネスとは異なる経営ノウハウも必要となるため、起業、資金調達から地域のパートナーとの連携による事業拡大の経営戦略、事業戦略まで、包括的にAT事業者を支援し産業育成をしていく必要性を痛感しています。

(*2)…中小企業を指す単語(SMEs=Small and Medium Enterprises)。日本ではまだなじみのない表現であるが、SMEsは観光の価値提供に重要な役割を果たすと認識されており、AT事業者の多くがSMEsに属している。

國學院大學たまプラーザキャンパス研究室にて

Q.AT推進における現状認識や課題認識などがありましたらお聞かせください。

 JATOが2019年に設立されてから今までを日本におけるAT推進の黎明期だとすると、今後は、成長期として新しいフェーズに向かっていくことを期待しています。時代を経るにつれてATの世界基準や方向性も変わっていくなか、日本が欧米豪のAT旅行者に認知されていくには、これまで以上の工夫を重ねたアプローチが必要となるでしょう。また、ATを国内の旅のスタイルとして定着させるため、国内マーケットへの認知度をさらに高める取り組みも必要です。
 さらに、第1種旅行業者のような総合型の旅行ビジネスが減り、地域限定旅行業者の数が増加している現状を鑑みると、地域のステークホルダーが有機的に連携してビジネスエコシステムを確立し、各々が得意な役割を果たしながら共存共栄のための良い循環を生み出すことが期待されます。そして、繰り返しになりますが、そこに「事業者創出・育成」の視点が加わることが肝要です。欧米のようにガイドが地域で起業して、地域旅行ビジネスを牽引していけるような発展が全国各地でみられるようになることを期待しています。

Q.JATO理事として携わっていきたいことやAT推進に取り組もうとされている地域の方々へのメッセージなどがあればお願いします。

 自身の研究テーマにも関連しますが、地域旅行ビジネスやビジネスエコシステム、DXの観点でお役に立てればと思っています。地域の事業者・起業者様を対象とした起業やビジネスを軌道に乗せるまでのノウハウ、訪日誘客のための効果的なアプローチなど、また、地域の金融機関や行政向けの投資や調達、起業支援・育成のプログラムなど、対象やテーマを決めた勉強会を開催できるような支援ができれば良いですね。
 ATは高付加価値な自然・文化体験型観光であり、ATにかかわる事業者は、こうした自然や文化財などの地域の資源(宝)を持続可能な形で活用できるプレーヤーです。ATはプライドを持てるビジネスです。ATを推進しようとする地域の多様なプレーヤーがそれぞれの役割を担い、ビジネスエコシステムのビジョンを描くことができれば、必ずや持続可能な「観光まちづくり」に繋がると思っています。

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